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飲食9000店支援の「さきめし」 新型コロナに打ち勝つ野望

新型コロナウイルスの影響によって日本中の飲食店が致命的なダメージを受けている。そんな店舗を応援しようと、いの一番に登場したのが、飲食店への先払いサービス「さきめし」だ。仕掛け人のGigi・今井了介代表は、飲食店支援を皮切りに、さまざまな分野へ支援の輪を広げようとしている。それは彼が目指すべき社会の実現につながっていく。

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売り上げ9割減。悲痛とも絶望ともいえる叫び声が幾多も聞こえてきた数カ月だった。

 

 日本フードサービス協会が6月25日に発表した5月の外食売上高(全店ベース)は、前年同月比32.2%減と、3カ月連続で前年を下回った。4月の39.6%減から改善は見られるものの、3月の17.3%減に至らず、飲食業界全体が苦境に喘いでいる。帝国データバンクの調べでは、7月3日時点で全国49件の飲食関連事業者が倒産に追い込まれた。

 

 しかしこれは序の口と見たほうがいいだろう。助成金や補助金での“延命”には限りがある。このまま客足が戻らなければ、あるいは第2波が到来したら、倒産件数は一気に増大するかもしれない。ワクチンの開発などで新型コロナウイルスを完全に制圧したとしても、いつまた、新たなウイルスの驚異に脅かされるか分からない。飲食店はそのたびに苦しみ、潰れる可能性に怯える宿痾にある。

 

新型コロナウイルスの感染拡大は飲食店を直撃。多くの店が休業を余儀なくされた

 飲食店が生き抜くために、店舗のファンが「先払い」で支援できる仕組みを作ろう——。

 

 福岡のベンチャー企業、Gigiは、飲食店支援のインターネットサービス「さきめし」を、今年3月9日と、かなり早い段階で打ち出した。登録店舗にユーザーが飲食代を先払いできる仕組みで、店には休業中でも収入が入る。先払いした金額分はいずれ店舗で飲食可能だが、その期限は支払いから原則6カ月以内。閉店してしまった場合の返金もない。そのため、寄付の要素も帯びている。Gigiの今井了介代表はこう話す。

 

 「さきめしによる売り上げだけで店が立ち直るといった劇的なことは起きません。でも、店によってはメニューを日持ちの良い食材に切り替えるなど、長期的な視点で事業を立て直す方法を考えようとしています。そんな彼らの時間稼ぎのお手伝いが、少しでもできたらと思います」

 

 さきめしをリリースするや否や、問い合わせが殺到。開始から約1カ月後の4月15日時点で、さきめしを活用した先払いの件数は1539件、金額にして約1300万円が飲食店の支援となった。その後も利用者は増え続け、6月末日には流通金額が合計1億5000万円以上、登録店舗は9000店を突破した。

 

 1店舗あたりの支援金額は平均で1万円強。大した金額ではない、と思う“外野”もいるだろうが、当事者からすれば、「金額以上のもの」をもらっているようだ。

 

「さきめし」のサービス画面。応援したい店を選ぶと先払いチケットを購入できる

応援が活力に

 

 東京・代官山にあるイタリアン料理「TaKe」の大上武紘オーナーは、さきめしを友人から教えてもらい、4月初頭に登録した。同店は3月28日、一時休業に入っていた。約3年の準備期間を経て、昨年10月にオープンしたばかり。いきなり売り上げはゼロになるが、新型コロナウイルス感染のリスクを最小限にしたいという考えからテイクアウト対応もせず、大切な場所で被害を出すわけにはいかないと腹を決めた。

 

 さきめしに登録したものの、ほとんど告知はしていない。それでも既存顧客や、たまたまSNSを見た知らない人などから応援のメッセージとともに支援が相次いだ。登録から2週間の支援件数は300超。金額にして数万円程度だが、大上オーナーは「『お店が再開したら行きます!』と会ったことのない人たちからも言ってもらえるのは嬉しいですし、なにより、みんなの気持ちが活力になりました」と感謝する。

 

 多くの飲食店が、先行きの見えない不安や恐怖に襲われる中、大上オーナーのように、さきめしによって心理的に救われたと語る飲食店経営者は多い。

 

 JR大塚駅からほど近いカフェ&バー「Leandro」は、緊急事態宣言下でも時短営業を続けていたが、売り上げは激減。「朝9時から夜7時まで店を開けてコーヒー1杯(250円)の日もあった」と店主の鈴木勝宏氏は嘆く。このままでは立ち行かなくなると、知人のSNSで知ったさきめしに藁をもつかむ思いで登録した。

 

東京・大塚にある「Leandro」。緊急事態宣言によって稼ぎどきだった夜のバータイムがそっくりそのまま消えてしまった

 最初は来店客にだけ支援を依頼していたが、背に腹は変えられないと自身のFacebookで呼び掛けた。すると顔見知り以外からも支援があり、数週間で17万円以上の先払いがあった。「こういうとき、精神的に参ってしまったらアウト。応援してくれる人たちの気持ちは本当に心強いです」と鈴木氏は力を込める。

 

 今でこそ、クラウドファンディングなどを活用した飲食店支援が全国各地で活性化しているが、さきめしはその先駆け。規模や飲食店に与えた効果を鑑みても、インパクトや意義は大きい。

 

 ただし、今井代表は、このサービスによって、単に対処療法で飲食店の延命を図ろうとしたわけではない。単に、勇気づけたかったわけでもない。さきめしの背景には、世の中を変えたいという、ある壮大な「野望」があった。

 

もっと助け合う社会にするためには仕組みがいる

 

 「コロナ禍以前から、もっと人々が助け合い、支え合う、優しい社会にならないかな、という思いがあった。そのために、インターネットを活用した新たな仕組みができないかと模索していました」

 

 そんな思いを抱いていたという今井代表は、さきめしを世に出す5カ月前の19年10月、約2年の構想・開発期間を経て、「ごちめし」というサービスを開始している。友人知人などの他人に飲食店での食事をご馳走できるギフトサービスの一種で、飲食店支援にもつながるが、どちらかと言えば、「利用者の共助」という趣が強い。

 

「ごちめし」のアプリ画面。7月1日現在、5万3000食の利用(ごち)があった

 誰かにご馳走したいユーザーは、店の飲食代に10%上乗せした金額を支払う。その利用権を誰かに渡し、飲食を楽しんでもらう仕組みだ。誰か、は指定できるほか、店に来た先着順でご馳走するという設定をすれば、赤の他人に振り向けることができる。つまり相手の見えない寄付行為も可能だということ。店舗側は一切、利用料を支払う必要はなく、ユーザーが支払った10%分は、クレジットカード決済手数料の3.5%を含むシステムの手数料としてGigiの売り上げとなる。

 

 じつは、このごちめし、既存にある2つの「仕組み」をモデルとしている。

 

 1つがイタリア発祥の文化である「カフェ・ソスペーゾ」。ソスペーゾとは保留の意味。例えば、カフェに来店した客がコーヒー2杯分を支払い、もう1杯を店にやって来た貧しい人たちに寄付するというもの。今では世界中に広がりつつあり、コーヒー大手チェーン・スターバックスの一部店舗でも「サスペンデッド(保留)コーヒー」のシステムを導入している。

 

 もう1つは、北海道帯広市にある食堂「結」。ここでは客の誰かが多めに支払った分で、別の客がうどんやカレーライスなどを無料で食べることができる。店の前にある看板には「誰かが先払いしています」という文言とともに、無料で食べられるメニューと個数が書かれている。もともとは、この結の仕組みが「ゴチメシ」という名称だった。

 

 インターネットでより広範に利用できる仕組みを作って、この優しい文化を日本に広めたい——。そう考えた今井代表は、直々に結のオーナーの本間辰郎氏に掛け合い、ネットでサービス化する許可を得た。

 

 利用客としての誰かに優しいサービスと同時に、飲食店にも優しい。飲食店関連のネットサービスの多くは、飲食店から多大な利用料を得ている。例えば、飲食店検索サービス。基本、掲載無料ながら、飲食店がお金を支払わないと効果が出ない仕組みとなっており、多くの飲食店が掲載料を払っている。

 

 飲食デリバリー(宅配代行)のサービスでは、売り上げの3割以上を手数料として得る事業者も。飲食店はデリバリー向けメニュー価格を引き上げるなどして対応しているが、価格差について既存顧客からクレームをもらうこともあり、手数料の一部を店舗で負担しているところも少なくない。

 

 「もちろん、飲食関連のネットサービスで恩恵を受けている飲食店もたくさんあるとは思いますが、よく考えると、サービス事業者から搾取されているというか、痛みも伴っています。だったら世の中に1つくらい、飲食店にとって死ぬほど優しいサービスがあってもいいんじゃないかと」

 

 大勢の人で飲食店を支え、なおかつ飲食店の困り事も解決する仕組みとして、ごちめしは誕生した。そこへ襲ってきたコロナ禍。今井代表はすぐさま、ごちめしの仕組みを応用し、直接的に飲食店を支援できる、さきめしも作ったというわけだ。

 

2018年にGigiを設立した今井了介代表(中央)

 インターネットで共助の文化を最大化させたいと考えている今井代表は、あらゆる業種・業態に、ごちめし・さきめしの仕組みを適用させたいと考えていた。そして、幸か不幸か、新型コロナウイルスによってそのタイミングが予想以上に早く訪れた。

 

 さきめしの存在を知った美容室や音楽スタジオなど、飲食店以外からも、ぜひ使えないかという要望が多数押し寄せたのだ。急きょ、さきめしのプラットフォームを開放し、さまざまな業種の店をユーザーが支援できるよう対応した。野望は店舗にとどまらない。

 

飲食店と連携して地域全体を「子ども食堂化」

 

 今井代表は現在、地域全体を支えることができるのではないかと、自治体などとも話を進めている。一例が、茨城県境町での「子ども食堂」の取り組みだ。

 

 境町では4月1日から2週間ほど、町内約20の飲食店で高校生以下に弁当を無料提供。同町のふるさと納税約100万円をごちめし経由で各店舗に配分し、それを原資に店が弁当を調理した。さらにこの取り組みを知った全国のごちめしユーザーからも90万円以上の寄付が集まったこともあり、現在も弁当の無料配布を継続している。

 

 「子ども食堂をサステイナブルにしたいと思っています。今ある多くの子ども食堂はボランティアが中心なので、お金の面でもモチベーションの面でも続けていくのは大変。だったら地元の飲食店が全て子ども食堂になるのはどうかなと。彼らは食事を提供するのが本分だし、1回の寄付で子どもと飲食店の双方を支援できるのは良い取り組みではないでしょうか」

 

 こう話す今井代表。なぜに、かくも共助への強い思いが生まれたのだろうか。

 

震災のときのような悔しい思いはしたくない

 

 最初にチャリティーや社会貢献に関心を持ったきっかけは、子どもの頃に聴いた「We Are The World」だったという。1985年に発表されたこの曲は、アフリカの貧困と飢餓を解消する目的で作られたもので、マイケル・ジャクソンやスティーヴィー・ワンダーなど世界を代表する歌手が参加したキャンペーンソングである。

 

 海外のアーティストが好きだった今井代表は、その後も大きな災害や事件があったときにスピード感を持って支援に乗り出したり、ステージなどでも社会性のある発言を臆せずにする彼らの姿を見て、「純粋にかっこいいなと思っていた」と話す。

 

 「9.11(2001年9月11日の米国同時多発テロ事件)のときもそう。元々はエイズ被害者を救済するための社会貢献活動として、U2のボノを中心にトップアーティストがマーヴィン・ゲイの『What’s Going On』をカバーする企画がありました。その直後にテロが起きたことで、エイズとテロの被害者両方を応援するメッセージに切り替えたのです。日本だとあれだけの大物アーティストが全員行動するのは難しいですよ」

 

音楽業界でのキャリアをスタートさせたころの今井代表(1995年撮影、本人提供)

 じつは、今井代表の本職は音楽プロデューサー。同じ業界にいる身として、米国のアーティストに憧れ、尊敬し、日本人でもできるということを行動で見せてきた。

 

 2003年にチャリティープロジェクト「VOICE OF LOVE POSSE」を主宰し、多くのアーティストとともに海外の里親支援に関するチャリティーを行った。11年には音楽を通じて国際NGO「国境なき医師団」をサポートしたり、東日本大震災の発生直後から義援金を集めたりした。

 

 「けれども、震災のときに感じたのは、こういうときに音楽は無力だということ。人々が生きていくために必要な食べ物のように、物理的な直接支援ができないからです」。こう忸怩たる思いを抱き、悶々とした日々を過ごす中でたどり着いたのが、カフェ・ソスペーゾのような粋なチャリティーであり、食を通じた支援だった。

 

 「さきめしをリリースしたのが3月9日。SNSで異常にバズってると気付いたのが3月11日でした。9年前のあの時の悔しい気持ちをもう味わいたくないと思いましたね。たとえエンターテイメント業界の人間だとしても社会に対して問題意識を持つべきだと。それが僕の中での1つの答えでした」

 

もう拝金主義の時代ではない

 

 今回の“コロナショック”を契機に、日本においても共生の文化が大きく広がるはずだと今井代表は考えている。

 

 「平成は『拝金主義』が横行していて、他人からどれだけお金を取ることができるのかという時代でした。でも、令和になって『シェア』や『サステナビリティ』にみんなの気持ちがシフトしている。僕ら以上に10〜20代の子たちは物を分け合う、与え合うことが当たり前になりつつあります」

 

 そうした思考や行動は若者だけにとどまらず、コロナ禍によって幅広い層にまで浸透しつつあると今井代表は実感する。現に、この数カ月のうちに意識が変わった大人たちを目の当たりにしたからだ。

 

 「僕がこの事業を始めたとき、周囲の人たちから『誰が10%も余計に払って他人に飯を食わせようとするのか』と何度も指摘されました。けれども、今では批判的だった人たちからも、ごちめしやさきめしの仕組みはいいですねと言われるほどです」

 

 上述したように、今井代表は音楽プロデューサーとして1990年代から活動をはじめ、数々の名曲を世に生み出してきた。中でも国民的な代表曲と言えるのが安室奈美恵の「Hero」である。この曲の歌詞には、「大切な人の支えによって、どんなに険しい道でも乗り越えられる」とある。

 

 誰かを支えることで勇気を与え、今度は勇気をもらった人が別の誰かを支える。そうした支え合いの循環ができれば世の中はもっと豊かなものになる。それこそが今井代表の目指す社会だ。さきめしを通じて発せられたメッセージは、来るべき新たな時代の希望と言える。

 

▷シリーズ:アフターコロナ時代を生き抜くためには?

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伏見 学

伏見 学 @manabu

地方の企業、行政、地域活性化などの取材を通じた専門性を生かし、「地方創生の推進」に取り組む。1979年生まれ。神奈川県出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」、フリーランスを経て、現在に至る。 |伏見学(ふしみ・まなぶ)

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