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沖縄の貧困の連鎖を断ち切れ 高等教育支援「にじのはし」の志 #3

沖縄の貧困問題を解決すべく尽力する「沖縄チャレンジャー」を追った特集。初回は、ナイチャー(本土出身)が中心となって運営する、ももやま子ども食堂の型破りな改革を取り上げた。第2回は、地場企業が徒党を組み、県外の企業に立ち向かうことで沖縄経済は強くなるという学びを、「宮古島の雪塩」のパラダイスプランから得た。今回は、大学など高等教育機関の修学支援を行うNPO法人「にじのはしファンド」に焦点を当て、「教育と貧困」の観点から解決策を探る。

▷第2回:沖縄資本反撃へ 宮古島・パラダイスプラン「雪塩」に学ぶ処方箋 (#2)

 

12年連続最下位——。全国の小学6年生と中学3年生を対象に文部科学省が毎年実施する「全国学力テスト」で、沖縄県は不名誉な記録を更新中である。

 

 同テストが始まった2007年度から13年度まで、沖縄は小学校、中学校ともに正答率がワーストだった。その後、小学校は最下位を脱出し、19年度には6位と躍進を遂げたが、中学校は「万年最下位」のまま。19年度の3科目(国語、数学、英語)合計の正答率は全国平均63.3%に対し、57%だった。

 

 沖縄の日本復帰以降、本土との格差是正が叫ばれて久しいが、いまだ他の都道府県に後れをとっているのがこの「学力」である。

 

 学力の低さは当然、進学率に影響を及ぼす。沖縄の高校生の大学進学率は40.1%(19年度)で、これも最下位(全国平均は54.7%)。大学に加え専門学校なども入れた高等教育機関への進学率も全国平均(82.6%)を10ポイントほど下回る。

 

 進学率は貧困と無縁ではない。学歴と収入の相関関係を示すデータがある。

 

 独立行政法人 労働政策研究・研修機構の「ユースフル労働統計」(19年)によると、学校卒業後にフルタイムの正社員を続けた場合、 60歳までの生涯賃金(退職金を含めない)は、男性は中学卒2億円、高校卒2億1000万円、大学・大学院卒2億7000万円。女性はそれぞれ1億4000万円、1億5000万円、2億2000万円である。

 

 ただし、これはあくまで正社員の数字。正社員に限定しない、沖縄全体の賃金で見ると、19年度実績で全国平均の30.7万円より18%低い25.1万円と全国40位(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」より)。沖縄の労働人口のうち、非正規雇用は約4割と全国トップであり、非正規雇用率の高さが沖縄全体の低収入の主因となっている。

 

 非正規雇用と学歴の相関は、総務省統計局「労働力調査詳細集計」などのデータで明らかとなっている。同じ世代で学歴が低いほど非正規雇用率は高くなり、学歴が高いほど非正規雇用率は低くなる、という傾向は変わらない。つまり、沖縄の貧困は低学歴が招いている、と言える。

 

 低所得であるが故に、子どもに十分な教育を施せない。結果、子どもも貧困になってしまうという「貧困の連鎖」、負のスパイラルから抜け出せないでいるのが沖縄の実情である。

 

 この沖縄特有の課題に対して、立ち向かった人間がいる。NPO法人「にじのはしファンド」の糸数未希代表だ。まずは、沖縄の中でも非常に厳しい環境にある児童養護施設の子ども、あるいは里親に預けられた子どもに対する修学支援を始めた。


もう大学を中退するしかない……

 

 にじのはしファンドは、高等教育機関に進学したり、資格取得に励んだりする社会的養護が必要な沖縄の若者を経済的に支援するため、2011年1月に設立された。生活費や学費の一部を支援する返済不要の給付型奨学金を、児童養護施設などを出て進学する18歳以上の子どもたちに毎月送っている。

 

 じつは、糸数代表自身は、貧困とは無縁の人生を送ってきた。沖縄県内の高校を卒業後、早稲田大学に進学。海外留学も経験した。沖縄に戻り、地元の大企業、沖縄電力に就職する。現在もフルタイムで働きながらNPOの活動を行うという二足のわらじを履く。だからこそ「恩返しをしたい」と糸数代表は言う。自分は学業や生活に恵まれてきただけに、同じ沖縄出身の子どもたちにも勉学を通じた多様な経験をもっと提供したいという思いは人一倍強い。

 

にじのはしファンド代表の糸数未希代表

 そんな糸数代表がNPOを立ち上げたきっかけは、ある男子学生の窮状を耳にしたことだった。

 南城市の児童養護施設「島添の丘」で1歳半から暮らしていた後嵩西(しいたけにし)優さんは高校卒業後、山口福祉文化大学(現・至誠館大学)に進学したものの、生活費などが底をつき、大学を中退せざるを得ない状況に追い込まれていた。沖縄から遠く離れた山口の地で一人暮らしをしながら、学費の減免制度や奨学金、アルバイトで何とかやり繰りをしていたが、それでもお金が足りなかったという……。

 島添の丘の施設長に紹介してもらい、本人の口から改めて悲痛の声を聞いたとき、糸数代表は「どんなことをしてもこの子を卒業させよう」と心に誓った。準備をする間もなく即日、にじのはしファンドを立ち上げ、後嵩西さんを支えるための寄付金集めに奔走した。

 寄付額は一人当たり1000円と設定した。後嵩西さんには月5万円の仕送りを検討していたので、最低50人の寄付者(サポーター)が必要だった。しかも一度限りではなく、毎月寄付してもらわなければならない。決して容易ではなかったが、糸数代表の熱意に心動かされた支援者が一人また一人と増えていき、2カ月ほどで一気に目標のサポーター数を達成した。手応えを得た糸数代表は、11年10月から県内にある8カ所すべての児童養護施設をサポート。さらに14年7月には支援の対象をファミリーホーム(家庭養護)や里親にも拡大した。

 それからおよそ9年で、にじのはしファンドは約50人の沖縄の困窮する子どもたちの修学支援をしてきた。サポーターの数は県内外に約500人。累計金額は4000万円を超える。こうした実績は、以下に挙げるにじのはしファンドならではの特色が作り出した。

 

寄付の役立ちを実感

 

 1つ目は、「顔の見える支援」である。一般的に、寄付は支援団体にお金を預け入れてしまえば、その後、具体的にどう役立っているのか分からない。

 

 しかし、にじのはしファンドでは、支援を受ける学生一人一人がどんな人物で、何に使っているのかを、サポーターも知ることができる。すべての学生がサポーターに向けて毎月手紙を書き、にじのはしファンドのWebサイトに掲載しているからだ。

 

にじのはしファンドのサイトには支援を受けている学生たちからの手紙が毎月掲載される

 手紙の中身は、学校生活のことだったり、アルバイト先での出来事だったりと、ありふれた日常の話が多い。けれども、こうしたコミュニケーションの機会があることで、サポーターは学生の様子を知り、「ああ頑張っているのだな」と実感でき、さらに応援しようという気持ちになる。具体的な効果は支援の継続率に表れている。一般的にNPOの会員継続率は7割と言われているが、にじのはしファンドは約82%とその水準を上回る。


一人も取りこぼさずに支援

 

 2つ目の特色は、「来るもの拒まず」のポリシーを貫いている点だ。設立以来、奨学金の依頼があった学生すべてに手を差し伸べている。

 

 にじのはしファンドのような給付型奨学金の場合、ほとんどの支援団体は、学校成績などによって審査し、それをクリアした学生だけに奨学金を提供している。たとえば、全国の児童養護施設の子どもたちを支援するNPO法人ブリッジフォースマイルでは、スピーチコンテストを実施して毎年十数人を選抜している。独立行政法人の日本学生支援機構も学力と家計にかかわる基準が明確に設けられている。

 

 一方、にじのはしファンドは、社会的養護が必要な沖縄の子どもたちすべてに平等な機会を与えたいという糸数代表の思いから、選ぶことは決してしない。そして、今まで全員に対して途切れることなく送金してきた。

 

 「これまでで一番大変だったのは1年間に24、5人の学生を同時に支援していたときですね。月に100万円以上も必要なわけですから。それでも送金をストップすることがなかったのは、私や団体にとって誇りです」(糸数代表)

 

コロナ禍でも支えに

 

 子どもたちに対する支援は資金面だけにとどまらない。3つ目の特色が、継続的なコミュニケーションである。とりわけ児童養護施設出身者は過去の辛い経験などから、精神的な支えを必要とする子が多い。中には、せっかく就職しても挫折して続かず、生活に困窮するケースもある。

 

 そうした事情から、大学などを卒業して社会に出た後も継続的なサポートが必要だと、19年に「にじのしずく」事業を始めた。平日の日中は生活や就労に関する相談窓口を設け、児童養護施設や里親出身者のアフターケアを行なっている。毎週金曜には「金ちゃんラーメンの会」という夕食会を開いて、彼ら、彼女らの居場所を用意する。さらには年に3回、施設にいる高校生と退所者の交流会も実施する。

 

にじのしずくでは児童養護施設出身者をアフターケアしている。写真は畑での活動の様子(写真提供:糸数未希代表)

 これが、いざという時のセーフティーネットにもなっている。コロナ禍でも子どもたちの生活状況をすぐさま確認して、5月の連休明けにはアルバイト先の休業などで困っている54人に2万円ずつの生活費を臨時支援することにつながった。


人生の選択肢を増やしてあげたい


 こうした、にじのはしファンドならではと言える数々の取り組みは、すべて、糸数代表の思い、つまりは、沖縄の貧困の連鎖を断ち切るという志のためにある。糸数代表は言う。


 「人生の選択肢を増やしてあげることで、貧困層の子どもたちが抱える絶望やあきらめをなくしたいです。その選択肢を増やす手段の一つが教育でした。進学すれば世界は広がり、たくさんの人たちとも出会えます。勉強して専門性を磨けば、希望する仕事にも就くことができるようになります」

 

 たしかに、にじのはしファンドの主な事業は、子どもたちを高等教育機関へ進学させる支援である。サポーターに対する定期的な情報共有などは、その支援を絶やさず、継続するための工夫や努力と言える。しかし、本当の目的は、子どもたちのその先の人生を豊かにすることにある。支援する子どもたちが自立して豊かな暮らしを手に入れ、将来、自分の子に満足な教育を自力で施せるようにするための、負の連鎖を止めるための支援なのだ。

 

進学率が急上昇

 

 立ち上げてから9年半。糸数代表の志は成果として現れつつある。17年度の「社会的養護が必要な子どもの大学等進学率」で、全国平均34%を大きく上回る61%を叩き出した。この数字は、ほぼ、にじのはしファンドによる支援効果だと見られる。当時の沖縄で、にじのはしファンド以外に、社会的養護が必要な子どもの進学支援を行っていた団体や行政はなかったからだ。

 

 にじのはしファンドの支援を受けて学校に通っていたある学生は、卒業後、沖縄県内にあるホテルのレストランに正社員として就職した。調理場担当として精力的に働く傍ら、「恩返しがしたい」と、自分が育った児童養護施設のイベントで、料理のボランティアを毎年のように買って出ているという。

 

 にじのはしファンド誕生のきっかけとなった後嵩西さんは、県外で福祉関係の仕事に従事する。結婚して、子どもとともに暮らしている。そのほかにも、看護師として働いたり、大学での勉強を契機に農業研究者の道を歩もうとしていたりする男性もいる。

 

 これらは小さな成果かもしれない。豊かな生活を手に入れた、と言い切れないのかもしれない。しかし、支援がなければ、今の生活を得られていないことも事実。ある一定の層では、貧困の連鎖を生まないために機能している、と言ってもいいだろう。

 

かつて支援していた学生(後列中央)はホテルのレストランに就職。出身の児童養護施設のイベントに訪れて、料理の腕を振るうこともある(写真提供:糸数未希代表)

 さらに、にじのはしファンドは沖縄全域に好影響を及ぼしている。支援の流れを作ったのだ。

 

 にじのはしファンドの支援開始から3年後となる2014年、沖縄大学は、同大学への入学生で、かつ社会的養護が必要な学生を対象とした奨学金制度を始めた。沖縄県も16年に「子どもに寄り添う給付型奨学金」を創設し、児童養護施設出身の子どもを対象に、高等教育機関への入学金と授業料を全額給付している。開始前には、県の担当者が糸数代表のもとを相談に訪れ、にじのはしファンドが事業の委託を受けることとなった。19年度は22人が県を通じて奨学金を受け取っている。

 

 琉球オフィスサービスが16年から、高等教育機関に在学中の児童養護施設出身者に対して住居家賃を全額支給する支援を始めたりと、徐々にではあるが、支援の輪は民間にも広がっている。

 

 そうした尽力の総和によって、今では「(進学希望者であれば)高等教育機関への進学率はほぼ100%」(糸数代表)となった。もちろん、このすべてがにじのはしファンドの力だとは言わないが、中心的な役割を果たしたことは間違いない。

 

 そして、冒頭の論から言えば、少なくとも、支援が広がる前に比べ、児童養護施設出身の子どもたちの収入は上がっているはずである。詳しい追跡調査やデータはないが、糸数代表は「学校で資格を取得して、社会福祉士など専門的な仕事に就く子も増えている」と話す。

 

まだ救うべき子どもはたくさんいる

 

 ただし、当然ではあるが、この取り組みは沖縄の貧困の連鎖を断ち切る“第一歩”に過ぎない。

 

 「貧困によって学業を続けられない子どもはたくさんいます。私たちは、今は、社会的養護が必要な子どもへの支援で手一杯ですが、それ以外の沖縄全体の困窮家庭の子どもに向けた進学・修学支援の輪が広がることを願っています」。そう、糸数代表は訴える。

 

 言うまでもなく、進学・修学支援が必要なのは、児童養護施設や里親の元で育った子どもだけに限らない。沖縄の貧困の連鎖という課題を解決するには、貧困家庭の子どもすべてへの支援が必要だ。全体を見たとき、進学・修学支援は大きく不足していると糸数代表は見ている。実際、大学などの進学に際して給付型奨学金が必要だという保護者が8割以上もいるという沖縄県の調査データもある。

 

 この先、拡充が必要とされる沖縄の貧困家庭の子どもへの進学・修学支援にも、糸数代表の志や、にじのはしファンドの手法は生かせるはずだ。学歴を上げることは手段に過ぎない。「貧困の連鎖を断ち切る」という目的を見失っては、沖縄の貧困問題は解決しない。

 

▷第4回:オール沖縄で貧困支援を 「地域円卓会議」がもたらす光明(#4)

▷特集ページ:沖縄チャレンジャー(全4回)

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伏見 学

伏見 学 @manabu

地方の企業、行政、地域活性化などの取材を通じた専門性を生かし、「地方創生の推進」に取り組む。1979年生まれ。神奈川県出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」、フリーランスを経て、現在に至る。 |伏見学(ふしみ・まなぶ)

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