いいね!
ログインが必要です ログインが必要です
記事をシェア
メインビジュアルイメージ

地方の事業承継問題に挑む「ニホン継業バンク」の本質 浅井克俊氏 #1

日本の社会課題の解決に挑む「人(ヒト)」にフォーカスし、なぜやるのか、どうやるのか、なぜ解決できるのか、などを訊いていく「ニッポンの社会課題解決ビト」。今回は、後継者がおらず次々と消滅している地方の「事業承継問題」という社会課題に真正面から挑んでいるココホレジャパンの浅井克俊社長を紹介する。都会の移住希望者と、後継者を求める地方の小規模事業主をつなぐ「ニホン継業バンク」が武器。ほかの事業マッチングとどう違うのか。なぜ事業承継問題の解決につながるのか。本質に迫っていく。

今回の社会課題
#地方創生 #事業承継 #2025年問題
今回の社会課題解決ビト
浅井克俊氏(ココホレジャパン社長)

小規模事業主の事業承継問題という課題解決は、高齢化による地方衰退と表裏一体。比較的大企業が多い都市部に比して中小企業が多い地方では、その多くで経営者の高齢化が進行しており、後継者の確保が極めて困難な状況に陥っている。さらに、3年後の2025年以降に深刻化の度合いが強まると予測されている。

 

2025年は、国民の4人に1人が75歳以上の後期高齢者となる年。医療、介護、年金などの社会福祉の財源を圧迫することが予想され、「2025年問題」とも言われている。同時に高齢となった経営者が率いる中小企業の事業承継問題も大きな局面を迎える。

 

中小企業庁によると、2025年までに70歳(平均引退年齢)を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人となり、うち約半数の127万人(日本企業全体の3分の1)が後継者未定の状況。現状を放置すれば、廃業の急増によって、2025年までの累計で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性があるという。

 

では、どうすればいいのか。

 

ニホン継業バンク」というプラットフォームで、この差し迫った社会課題の解決に取り組むココホレジャパンの浅井克俊社長に話を訊いた。

 


 

ココホレジャパンの浅井克俊社長

—— まずは簡単に、自己紹介からお願いします。

浅井 私はずっと音楽業界で仕事をしてきまして、タワーレコードにも9年ほどいました。2012年にその仕事を辞め、縁もゆかりもなかった岡山県瀬戸内市に移住をしました。そして、ココホレジャパンという会社を2013年に創業し、地方創生領域を専門的に扱う広告制作会社というか、コンテンツ制作プロダクションみたいなことを始めました。

 

▼浅井克俊氏の略歴
2003年 広告代理店を経てタワーレコードに入社。販売促進等のマーケティング領域や、CSR(企業の社会的責任)領域に携わる
2012年 タワーレコードを退職し、岡山県瀬戸内市に地域おこし協力隊として移住
2013年7月 ココホレジャパンを創業。岡山を代表する魚「ままかり」をアンチョビ風にアレンジした加工食品「ままチョビ」の製造販売や、淡路島のタウンプロモーション「おっタマげ!淡路島」の制作などを手がける
2020年1月 自治体向け事業承継のプラットフォーム「ニホン継業バンク」を立ち上げる

その中で、地方創生に関するいろいろな課題と向き合い、2020年1月に「ニホン継業バンク」を立ち上げました。ニホン継業バンクというサービスは、担い手がいない事業主さんと、そこに移住して継ぎたいというヒトをマッチングするためのプラットフォーム。いつも、「ざっくり言うと事業承継版の空き家バンクです」と説明しています。

 

会社としては、私を含めて4人でやっておりまして、全員が移住者です。

 

ココホレジャパンのメンバー。全員が移住者(撮影:中川正子)

 

移住希望者は増えているのに地方の仕事は減っていく

 

―― 地方に移住して、地方創生に関わるなかで、事業承継版の空き家バンクをやろうと思いついたということですが、きっかけの部分をもう少し詳しくお聞かせください。

 

浅井 岡山に移住して、町おこしをするために自分で特産品を開発して、デパートなんかで売ってみたんですね。もともとは広告屋なので、ずっとやろうとは思っていなくて、そういう企画をやってみて、だれか地元の方に譲ろうと思って始めたんですけれど、そもそも譲る先を探す術がないんです。あまりに小規模すぎて。

 

これは困ったなと思っていたとき、地方創生関連の雑誌編集も請け負っておりまして、ちょうど事業承継や継業の特集をやりました。

 

調べていくと、経営者の高齢化によって2025年に大廃業時代が来ると。特に地方の1次産業やものづくり産業で高齢化が進んでいて、どんどんシュリンクしていく。一方で、都市部の住民で地方への潜在的な移住希望者は3割もいるというデータもある。

 

すごく不思議だなと思うのは、地方へ移住したいという人は増えているのに、地方の仕事はどんどんなくなっているんです。

 

そんな状況で「地方創生しましょう」「移住しましょう」と言ったって、するわけないじゃないですか。じゃあ、自分たちで解決しようと思って始めたのが、「ニホン継業バンク」というわけです。

 

「ニホン継業バンク」のWebサイト

 

スモールビジネスは売買プラットフォームの対象外

 

―― 事業を譲りたいヒトや会社と、継ぎたいヒトや会社のマッチングサービスは、すでにいろいろあります。

 

浅井 そうですね。ただし、今の日本では「事業承継イコールM&A」という語られ方がされていると思います。要は会社や事業を売買しましょうと。地方では、いわゆる地銀さんがその仲介役を担ってきました。

 

ですが、どの地方銀行もそうですが、500万円以上のまとまった手数料が取れなければ、扱わないんです。会社や事業の販売価格で、5000万円から1億円で売買できる規模。中山間地域にそんな仕事ってあるんですかと。手数料が高いものが優先されるM&Aのビジネス構造だと、地方のスモールビジネス(小規模事業)というのは承継の機会すら与えられてないのが現状です。

 

そうしたなか、事業承継版の「メルカリ」のような、M&Aの仲介プラットフォームがいくつか出てきました。ネット上で自分たちでやりとりしてくださいと。

 

確かに、すごくM&Aのすそ野を広げているサービスだと思います。でも、本当に困っている地方の高齢の経営者や事業主が使えるかというと、そうではありません。そもそも、そうした情報弱者に対して設計されたサービスではないので。

 

また、売買を目的にしているプラットフォームやマッチングでは、どこまでいっても売上高や手数料といった「お金」が判断基準となり、ついてまわります。「お金なんて幾らでもいいから、とにかくいいヒトに技術を継ぎたい」という譲り手側のニーズや、逆に「お金はないけれど身一つで技術を伝承したい」という継ぎ手側のニーズは、対象外となります。

 

あるいは、「継いでもらうかどうかは、とりあえず一緒に働いてもらってから決めたい」という、承継のプロセスを経たいというニーズもあるでしょう。M&Aや仲介利益を目的化にしちゃっているプラットフォームは、そもそもそうした地方の小さな事業承継、技術の承継には適していないと思います。

 

これでは地方の事業承継なんて進まないぞ、ということで、解決したいと思って作ったのが、このニホン継業バンクです。よく誤解されますが、事業のM&Aビジネスではまったくなくて、完全にその地域の後継者課題を解決するためだけに考えたソリューションです。

 

行政サービスとして事業承継を仲介

 

―― 事業の売買仲介ではなく、いかに後継者を探すか、という点に絞ったプラットフォームということですね。具体的にどんなプラットフォームなのか、お教えください。

 

浅井 大きな特徴の一つが、ビジネスモデル。お金のいただき方が既存の事業売買仲介サービスとはまったく違います。

 

事業承継支援を“手数料ビジネス化しない”という点で、ニホン継業バンクのビジネスモデルは一般的な事業M&A仲介プラットフォームと異なる(「ニホン継業バンク」のWebサイトより)

銀行さんでも、M&A仲介事業者でも、基本的には売買する利用者から仲介手数料をもらいます。我々はそうではなく、その地域の「継業バンク」の維持費を、その地域の自治体や商工会議所、信用金庫さんなどが払ってください、というものです。

 

プラットフォームの利用だけに限れば、定額制で年間55万円。そのほか、案件の掘り起こしから交渉、取材、情報掲載まで、我々が手厚いサポートをする「パートナープラン」というプランがあります。

 

空き家バンクと同じように、プラットフォームの運用負担をそれぞれの市町村や商工会議所が担うことで、利用する譲り手・継ぎ手は、無料でプラットフォームを利用できますし、売買金額の多寡によってスモールビジネスの承継機会が失われることもありません。

 

地方の空き家は不動産価値が低いため、民間が仲介に入らず、なかなか回転しない。だから、行政があいだに入って公共サービスとして空き家を紹介しているところが多いですよね。

 

事業承継も構図はまったく同じで、会社や事業として価格が高いものは民間が仲介するけれど、安いものは扱われない。放置しているとどんどん廃業していってしまうという社会課題があるなかで、事業承継も空き家と同じように行政サービスとして提供すべきだ、という発想が、僕らのビジネスの根底にあります。

 

ネットが使えなくても情報掲載できる

 

浅井 2つ目の特徴として、売買する人たちに向けた手数料ビジネスではないため、必ずしも譲り手さんが直接、プラットフォーム上で情報発信する必要がない、という点が挙げられます。極論を言えば、ご高齢の譲り手さんはネットを使う必要がないんです。

 

シルクスクリーン印刷の発祥の地とされる岐阜県郡上市の印刷所を紹介したニホン継業バンクの記事。取材や撮影からコンテンツ制作、アップまで、ココホレジャパンのサポートを受けられる

あくまで、市町村や商工会議所などが運用するビジネスモデルのため、譲り手さんは電話なり対面なり、難しいプロセスを経ずして、問い合わせや申込みができます。

 

さらに、事業内容や求める人材像など、譲り手さんの情報を取材して写真なども交え、なるべく魅力的なコンテンツとして情報掲載していく必要がありますが、それも先ほどご紹介したパートナープランをご利用いただければ、市町村や商工会議所のスタッフが必ずしもやる必要はありません。

 

どこの誰が譲りたがっている、という情報さえいただければ、我々がオンラインで取材をして写真等をご提供いただき、記事化をして掲載まで持っていきます。なので、もう地域のステークホルダー(利害関係者)全員がネットを使えなくても運用できるような設計になっているというのは大きな特徴かなと思います。

 

しかも、掲載記事本数無制限で対応させていただいております。ご利用いただく自治体からすれば、とにかく譲り手さんの情報を掘り起こせば起こすほど、お得になるかたちです。

 

なぜ、そうしているかと言うと、予算主義の自治体に合わせたところがあります。本当はすぐに継ぎ手を探したいという事業者がいる。けれども、今年度はもう予算がないから来年度まで待たなきゃいけないと。そんなことがないよう、何本でもいいです!という、掲載し放題の仕組みにしました。

 

売却だけが事業承継の形ではない

 

浅井 3つ目の特徴は、多様な継ぎ方に対応している点です。先ほどから申しているように、これは売買の仲介プラットフォームではありません。ということは、売る・買うという一元論から離れることができます。

 

具体的には、「今すぐ事業を売却しようとは思わないけれど、弟子をとって技術を継いでもらいたい」「雇用する体力はないけれど、後継者を育てたいという思いはあるので、地域おこし協力隊のサポートがほしい」という譲り手さんもいらっしゃるわけです。そういった事業売却以外の承継ニーズをお持ちの譲り手さんになるべく寄り添うかたちで、多種多様な募集ができる設計となっております。

 

多様な承継ニーズという意味では、継ぎ手さんにも同じことが言えると思います。つまり、「事業を買いたいわけではないが、技術承継に興味がある」「お金はないけれど、その事業を後世に遺すアイデアはある」といった方もおられます。

 

そうした多様な継ぎ手さんを意識した情報掲載を行っているほか、グラミンバンクの日本法人と連携をして、例えばシングルマザーへの金銭的支援が必要な方に向けたサポートの体制も整えました。

 

こうした特徴をもって、広く日本全国の事業承継問題を解決できると考えております。

 

2000人弱が後継候補として登録、6件が継業成立

 

―― インターネットの良い部分と、ヒトの手間がかかる部分をハイブリッドで組み上げたプラットフォーム。お金儲けの対象になるような事業に加えて、対象にならないような小さな、しかしその地域にとっては大切な事業の承継も救うことができる、というのが、このサービスの本質なのだと理解しました。

 

公共サービスに近い存在であり、地方自治体や商工会議所が金銭負担を担うビジネスモデルは腹落ちします。サービス開始から約2年が経ちますが、どれだけの地域で利用されているのでしょうか。

 

浅井 2021年3月時点で導入いただいている地域は全国7市町村で、今年4月までにさらに3市町村が開設を予定しています。自治体のみならず、商工会議所や信用金庫、地域のまちづくり会社などにもご導入していただいています。

 

継ぎ手候補としてプラットフォームに登録してくださっているユーザーさんは、累計で2000人くらいまで増えました。主に3大都市圏に住む30代から40代の方で、移住や事業承継に興味がある層で、飲食業や農業、宿泊施設などを継ぎたいという意向を持っている方が多い印象です。

 

継ぎ手募集の1案件につき、平均で10件ほどの問い合わせがありました。そのなかで実際に継いでいただくところまで持っていけた実績としては、6件になります。

 

岡山県美作市で継ぎ手が見つかった右手(うて)遊漁センター(ニホン継業バンクより)

いくつか事例を挙げますと、岡山県美作市では、川魚の養殖業の継ぎ手が見つかって、もう1年以上、取り組んでいます。

 

石川県七尾市では、技術承継という形で、1つ3000円もするシイタケ栽培の承継に取り組んでいます。ほかにも、北海道のお蕎麦屋さんの継ぎ手が見つかったり、岡山を代表する魚「ままかり」の新しい可能性を模索するプロジェクトは法人に事業譲渡が決まったりしています(#2#3に続く)。

 

いいね!
コメントを見る 0 ログインが必要です 記事をクリップ 記事をクリップ
浅井 克俊

浅井 克俊 @kokohorejapan

2003年タワーレコードに入社。販促企画部長、ライブ事業部長を経て、2012年に岡山に移住。淡路島の道の駅にたまねぎのクレーンゲーム等を設置した「おっタマげ!淡路島」や岡山を代表する魚ままかりをアンチョビにした「ままチョビ」の企画・製造・販売など、都市のモノマネではない、その地域ならではの魅力を発信している。2020年1月に、M&Aでは承継機会の得られない地域の小規模事業の承継機会の創出を目指し、事業承継版・空き家バンク=ニホン継業バンクを公開。モットーは「できない理由を積み上げない」。

ログイン

アカウントをお持ちでない方はメンバー登録