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休校中の子どもへ居場所 NPO法人カタリバ、オンラインの新境地

困っている子どもを見つけたらとっさに手を差し伸べる。まさに脊髄反射だ。新型コロナウイルスの感染症対策で、今年2月末に政府が全国一斉臨時休校要請を出すや否や、NPO法人カタリバはオンライン上に子どもの“居場所”を作った。これが救いの手となり、学校再開までの3カ月間、参加者は連日100人を超えた。だが、この取り組みをコロナ禍の一時的な支援だと捉えると本質を見誤る。「アフターコロナ」の世界でこそ有効な手段。その理由とは。

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開始時刻の少し前から、パソコンの画面に子どもたちの顔が次々と出てきた。 リモートワークですっかり有名となったオンライン会議サービス「Zoom(ズーム)」の画面だが、子どもが使っているのは珍しい。

 

 「もう待ちきれないよー」とフライング気味に話し始める子どもに、進行役の若いスタッフが「○○くん、もうちょっと待ってねー」と、優しく話しかける。すっかり慣れ親しんだ間柄のようだ。定刻となり、「今日初めて参加した子はいますか?」と呼びかけるスタッフ。「はーい!」と元気良く返事する子もいれば、モジモジした様子で黙っている子もいる。

 

 これは4月に行われた、子ども向けのオンラインサービス「カタリバオンライン」のひとコマ。この日は、「折り紙」をみんなで作るプログラムが開催されていた。最初は恥ずかしがっていた子も、スタッフの教えを受けながら作品を完成させると、すっかり笑顔になって他の子どもと打ち解けていた。

 

単なる学習支援サービスとは一線を画すコンセプト

 

 今年2月28日、新型コロナウイルスの影響で文部科学省は全国の小中高校と特別支援学校の一斉臨時休校を発表。そのわずか3日後の3月2日にカタリバオンラインは立ち上がった。主な目的は、学校に行けなくなった子どもたちを孤独にさせないための「居場所づくり」と「ストレス軽減」だ。

 

 2001年の設立以来、悩みを抱える子どもの居場所を提供してきたNPO法人カタリバが、Zoomを使い、乳幼児から高校生までの子どもが雑談したり、レクリエーションゲームに興じたりできるオンライン上の仕組みを用意。6月末までは、平日午前9時30分から午後4時30分まで、土日祝日は午前9時30分から午後2時30分まで、連日開催されていた。

 

Zoomを使ったカタリバオンラインのプログラム。一斉休校中は朝から数多くの子どもたちがアクセスした(カタリバ提供)

 一斉休校の期間中、子どもたちの学習継続をサポートするネットサービスがいくつも出てきた。しかし、カタリバオンラインはそれらと一線を画す。

 「数学などを効率的に学ぶ仕組みはカタリバオンラインにはありません。私たちが作っているのは居場所と対話の機会。子どもたちと多様な人との出会いを、安心・安全に届けているのです」とNPO法人カタリバの今村久美代表は話す。

 コロナ禍を契機としたこの新たな取り組みは、図らずも「ニューノーマル」の時代における新たな可能性の発見へとつながることになる。

 

子どもの悩みに向き合い続けた約20年

 

 運営するカタリバはこれまで、リアルの場を通じて子どもや中高生の支援を続けてきた。狙いはあくまで、学校生活における子どもたちのさまざまな「悩み」を解消することにある。

 

 代表的な活動が主に高校生を対象とした「出張授業カタリ場」だ。コンセプトは「高校生の探究心に”火を灯す”授業」。大学生などのボランティアスタッフが各学校に赴き、約2時間におよぶ授業を展開。対話を通じ、進路などの将来を思い描いたり、新しい価値観に触れて視野を広げたりする機会を提供している。活動の歴史は長く、01年の開始から19年が経った。全国1500校以上を対象に、28万人を超える生徒に授業を届けてきた実績を誇る。

 

NPO法人カタリバの今村久美代表

 東日本大震災以降は、被災地の小中高校生の心のケアや学習環境の支援なども行うようになった。例えば、18年の西日本豪雨では岡山県倉敷市に、19年の台風19号では長野市に、そして20年の熊本豪雨では熊本県人吉市にボランティアスタッフがすぐさま入り、避難所で生活する子どもたちに寄り添っている。

 そんなカタリバは今回、新型コロナウイルスの流行を機に、子どもたちの新たな課題に対して向き合うこととなる。

 

休校中のストレス発散に

 

 国や各都道府県の教育委員会は一斉休校を決めたものの、コミュニケーションの代替手段やケアについては「検討」を繰り返すばかり。しかしカタリバには、その先の近い未来が見えていた。

 

 学校に行けなくなり、友達に会えず、家の外に出ることさえ叶わない子どもたち。「自宅待機が長引けば、子どもたちの閉塞感やストレスは増大して精神的に追い込められる子も出てくるかもしれない。退屈しのぎでもいい。子どもたちの“逃げ場”を作ってあげるべきだ」——。

 

 動きは早かった。一斉休校の通達から2日でコンセプトとプログラムをまとめ、3月2日にカタリバオンラインをリリース。退屈しのぎの居場所、逃げ場を意識しつつ、子どもたちが楽しめるよう、多様なプログラムを用意した。

 

 冒頭で紹介した折り紙教室に英会話、ダンス、海外の子どもたちとの交流……。休校期間、日替わりで10以上のプログラムが用意され、これが子どもたちの参加意欲を掻き立てた。

 大阪府に住むYさんの小学3年生の娘は、緊急事態宣言が発令された直後の4月11日からほぼ毎日カタリバオンラインを利用したという。習いごともストップし、友達とも遊べない中、ずっと親子で家にいると生活のリズムが乱れてしまうことを懸念したYさんは、ネットで検索し、カタリバオンラインにたどり着いた。

 娘は最初の1週間、Yさんと一緒でなければ利用しなかった。しかし翌週からは一人でどんどんと参加するようになる。折り紙や音楽が彼女のお気に入り。創作系のクラブ活動にも入った。Yさんはこう振り返る。「娘はこれまで、パソコンやネットを使う習慣はほとんどありませんでしたが、カタリバオンラインでは、毎日好きなプログラムを受けたり、同世代の仲間と話をしたりと、楽しそうでした。参加するために、学校の宿題や習いごとの練習なども早く終わらせるようになりました」。


 東京都に住むSさんの中学1年生の長女は、3月上旬からカタリバオンラインを利用し、フリートークや海外交流のプログラムなどに参加した。彼女は人見知りで、友達づくりが苦手だったが、「話が通じる仲の良い友達ができたみたいですし、(多くの人たちと出会ったことで)世の中にはいろいろな人たちがいるんだなと楽しそうでした」。

 

友達づくりが苦手だったSさんの長女だが、カタリバオンラインで気の合う友達ができたようだ(本人提供)

 Sさんはこう長女の喜びを代弁すると同時に、親子のストレス発散につながったと喜ぶ。「一日中家に一緒にいると、どうしてもお互いけんか腰になってしまいがちです。けれどもカタリバオンラインで外の人たちと話すことで、子どもは逃げ場ができ、リフレッシュしていました」。

 こうした親子が全国にいる。3月4日のサービス開始から連日100人以上の子どもがカタリバオンラインを利用し、サービス登録者は1800人を超えた。

 

 5月半ばから緊急事態宣言が順次解除されると、一斉休校も終了し、6月1日頃にはほぼすべての学校が再開した。ただし、カタリバオンラインは今もまだ、活動を続けている。新たな可能性を見出したからだ。

新たな時代の新たな常識

 

 突然の一斉休校が引き金となり、非常時のコミュニケーション手段としてカタリバオンラインが生まれたのは事実だ。リアルの場の対面によるコミュニケーションで、子どもの悩み相談や課題解決をしてきたカタリバにとって、それは例外的な対応でもあった。

 

 しかし、例外は新たな時代の新たな常識を指し示した。

 

 一斉休校が明けてもなお、カタリバオンラインの運営を続けているのは、今後の教育におけるオンラインの可能性を強く感じたからである。学習補助以外でも、オンラインは子どもに貢献できる。休校期間でも再開後でも、平時でも夏休みでも、子どもたちがいつでも先生や友だちとオンラインでコミュニケーションが取れる。それが新しい時代のあり方なのだ。

 対面でなくとも、子どもたちに 「居場所」を提供できることは実証された。学校が再開されてもニーズがあることもわかってきた。さらに、リアルでの活動では得られないメリットや可能性も発見できた。その一つが、スタッフの多様化だ。

 

オンラインだからこその可能性

 

 カタリバオンラインのユニークなプログラムを支えるのが、ボランティアの存在。オンラインの特性を生かし、世界11カ国から20人ほどのボランティアが集まった。

 

 これまでのカタリバには物理的な制約があった。直接対面を前提とするため、東京で活動するプログラムであれば、東京に在住している、あるいは東京に来ることが必須条件。きちんと審査をし、事前に何度かトレーニングを受ける必要もあるため、時間や場所などの都合で断念せざるを得ないボランティア希望者も少なくなかった。

 

 今回はオンラインということで、もう少し柔軟にボランティアを受け入れることとし、外国にも目を向けた。作家の高橋歩氏が運営するNPO法人オンザロードと連携し、彼らの海外ネットワークも使って呼び掛けた。

 

カタリバオンラインのボランティアは国内外合わせて200人を超える(カタリバ提供)

 カタリバオンラインでは、特技や専門的な知識を生かしてプログラムの先生役を務める人を「師匠」、子どもたちが参加しやすい場づくりや補助する人を「キャスト」と呼んでいる。とりわけ師匠が海外から数多く集まってきている。

 「例えば、『私にも何かできることはありませんか?』とニューヨーク在住のピアニストの方が声を掛けてくれたので、その技術を使ってワークショップをしましょうと瞬時に企画が立ち上がりました。また、インド・バラナシの方は、学校に行けない現地の子どものことやカースト制度の話をしたり、サハラ砂漠にいた日本人の方は、皆でバーチャル旅行しようとリアルタイムで砂漠の映像を流してくれたりしました」(今村代表)

 海外からの参加はボランティアだけではない。米国、オーストラリア、シンガポール、クロアチアなどの外国で暮らす日本人の子どもたち約25人もカタリバオンラインを利用した。自宅待機が続いたのは日本だけではないのだ。4月からは海外交流プログラムを開始し、世界中の子どもたちが対話をしたり、一緒に遊んだりする機会も設けた。

 オンライン化によって今まで以上に多様な人たちとつながる機会を子どもたちに提供できるようになったのは、カタリバにとって大きな収穫だった。「オンラインだからこその可能性」の発見は、これにとどまらない。

 

オンラインでも協働する子どもたち

 

 当初、今村代表ら運営側のスタッフは、「オンライン上で参加者同士が協働するのは難しい。カタリバオンラインは対個人の活動になるだろう」と考えていた。しかし実際は、多くのプログラムで子どもたち同士のコラボレーションが生まれたのである。その代表例が「自主企画」だ。今村代表が説明する。

 「カタリバオンラインには自主企画という時間があって、子どもたちがやりたいと思ったことを提案してプログラムにできるのです。例えば、マジックをやりたい、ウルトラマンについて語り合いたいなどと、参加者同士で作戦会議しながら企画を作り上げていきます。毎日グループワークして、最終的には企画のプレゼンテーションまで子どもたちだけで行うこともありました。PCの画面越しでも(リアルの場の)カタリバと同じように協働できていたのです」

 協働をベースとしたこの自主企画はカタリバオンラインの目玉コンテンツとなり、今なお、新しい企画が次々と誕生している。

学校に導入すればより多くの子どもを支えられる

 

 休校中の子どもたちに学びやコミュニケーションなどの機会を与えてきたカタリバオンライン。参加者は全国の小中高校生約1200万人のうち、ごくわずかだが、一斉休校といった非常時だけでなく、平常時でも子どものための「インフラ」になり得ることがわかった。

 

 もちろん、コロナ禍の第2波や新たなパンデミックに襲われ、一斉休校となった場合の「備え」としても役立つ。だからこそ、より多くの子どもにリーチしていくことが、喫緊の課題だと今村代表は感じている。アイデアはある。

 「全国の学校でカタリバオンラインを導入してもらうことが、一人でも多くの子どもの課題解決につながる」。そう意気込む今村代表は、カタリバオンラインの中で学校ごとにアカウントを設け、学校ごとに「バーチャル教室」を持ってもらいたい、と考えている。

 「フリースクールとしてのカタリバオンラインに来たい子はいいのですが、そうでない子たちにとっては、学校の担任の先生がいてくれたほうが取っ付きやすいはずです。毎朝30分くらい先生とクラスメイトと一緒に話をして、その後はカタリバオンライン本編のプログラムに参加してもいいし、先生のオンライン授業を受けてもいい。そういう場を作っていきたいです」

 学校は再開したものの、当面はリスクを考えて登校しないという家庭もある。カタリバオンラインの仕組みがあれば学校に行かなくても「朝の会」に参加したり、授業を受けたりできるようになる。学校側も、備えあれば憂いなし。新たなパンデミックに襲われたとして、慌てて仕組みを準備する必要はない。

進まぬ国の施策

 

 各地で盛り上がりを見せていた授業のオンライン化の機運は、雲散霧消したようだ。

 

 長引く休校の最中の5月11日、文部科学省から全国の教育委員会に対してオンライン学習を促すメッセージが発せられた。これによって学校はお尻に火がついたかに見えた。しかし、6月に学校が再開すると、オンライン化の勢いは失せた。少なくとも筆者は神奈川県で小学4年生の娘を公立校に通わせているが、学校からも、PTAを通じてでも、オンライン授業の整備が進んでいるという話は聞こえてこない。

 この事態が改善され、急に進展するとも考え難い。

 

 学習補助のオンライン化がこのありさまならば、朝のホームルームをはじめ、子どもたちが単にコミュニケーションを取るためのオンラインプラットフォーム構築など、夢のまた夢の話になりそうだ。だからこそ、すでに存在するカタリバオンラインの仕組みを学校に広く導入する意義はある。

 コミュニケーションが直接対面からバーチャルに移行していく「ニューノーマル」の時代においてこそ、一段とその価値は増すはずだ。

 

▷シリーズ:アフターコロナ時代を生き抜くためには?

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伏見 学

伏見 学 @manabu

地方の企業、行政、地域活性化などの取材を通じた専門性を生かし、「地方創生の推進」に取り組む。1979年生まれ。神奈川県出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」、フリーランスを経て、現在に至る。 |伏見学(ふしみ・まなぶ)

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