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三重の過疎漁村を“呼び込み”力で活性化 ホストになったゲイト

かつて遠洋漁業などで栄えた三重県尾鷲市の須賀利町は、少子高齢の波に抗えず、瀕死寸前の限界集落となった。しかし約3年前、東京で飲食店を運営するゲイトがかかわるようになってから、地域の運命は大きく変わっていく。ゲイトが漁業に参入して以降、通信業などさまざまな企業が入り込み、廃れていた祭りも復活した。今回は、「関係人口の増やし方」をゲイトの手法に学ぶ。その極意は、「地域のホストになりきる」ことにある。

 
 

 

名古屋駅から電車とクルマを乗り継ぐこと約3時間。イノシシやシカが闊歩するような山道を抜けると、ようやく三重県尾鷲市の小さな漁村、須賀利町にたどり着く。

 

 至るところに空き家が目立ち、病院やスーパーなどはない。1日4便のコミュニティーバスが市街地へ向かう唯一の公共交通で、尾鷲市の中心部までクルマで40分ほどかかる。かつて1400人以上だった人口は206人(2020年3月末現在)に。平均年齢は73歳、高齢化率は85%超えという、絵に描いたような限界集落だ。

 

 この辺境の地にある高宮神社で今年2月11日、年に一度の蛭子祭がとり行われていた。

 

辺境の地に起きた異変

 

 ドーン、ドーン。太鼓の音を合図にわっと歓声が上がる。紅白の餅が宙に舞う。

 

今年2月11日に開かれた蛭子祭は、例年にない盛り上がりだった

 蛭子祭の歴史は古く、江戸時代には、地元漁師が大漁祈願の祭事として崇めていたという文献もある。1970〜80年代の最盛期には、能の翁(おきな)の舞に続く狂言方の「三番叟」(さんばそう)といった伝統芸能が披露され、カラオケやかくし芸などの演芸イベントも一晩中行われていたが、町の人口減とともに活気は失われた。目玉の演芸イベントはこの数十年、開催されておらず、高齢化による人手不足で年々簡素になっていった。

 

 しかし、今年の祭りは見違えるほど、にぎやかだった。

 

 公民館にはステージが設けられ、演芸イベントが復活したほか、「振る舞い餅」の数は前年から2000個も増えた。例年は町内の住民だけのささやかな祭りだが、今年は東京など町外から学生ボランティアを含む数十人の“客人”も訪れた。

 

地元住民とともに振る舞い餅の仕込みをする学生たち

 「昔は、それは盛り上がったのよ。東京からも有名な役者さんが来てね。須賀利といえばそういう場所だったの……。今年は、ずっとなくなっていた演芸イベントも復活してくれて、すごく嬉しい」。地元出身の女性(80)は興奮気味に話す。

 

 辺境の地に起きた異変は、これにとどまらない。なぜか、須賀利という衰退する漁村にかかわろうとする人や企業や組織が急増し、活気づいているのだ。

 

 約3年前、この小さな漁港に新たな戦力が加わり、東京などの居酒屋に魚を卸すための定置網漁が始まった。これを機に、県内外から1000人以上が、この小さな町の視察に訪れるようになった。東京大学や東京海洋大学、経済産業省などの研究者や政府関係者、国会議員も含まれる。KDDIグループのKDDI総合研究所が昨年4月から、海上でスマート漁業の実証実験を始めるなど、視察の先のアクションも起きている。

 

 活気づく須賀利。これらの異変のきっかけを作り、仕掛けているのが、東京で国産食材にこだわった居酒屋やフードデリバリー専門店など14店舗を運営する、ゲイトという中小企業である。ゲイトの五月女圭一代表(48)は、こう話す。

 

 「僕らはたまたま漁業でここへ来ました。地域にかかわっていくうちに、この町が生き残るためにできることがあるのではないかと思ったんです」

 

須賀利活性化の仕掛け人が、中央で餅をまくゲイトの五月女圭一代表だ

質の良い魚が手に入らなくなる

 

 なぜ、須賀利が活気づいているのか。先に答えを示すと、ゲイトが“よそ者”ではなく、須賀利の「ホスト」になりきり、町外から客人を次々と呼び込んでいるからである。

 

 門前払い、嫌がらせ、まちを乗っ取られるという誹謗中傷……。よそ者が縁もゆかりもない地域に入り込むのは難しく、田舎であるほど新参者がホストとなるのは難しい。そもそも、地域にとって客人だった者は、ホストとして振る舞おうなどとはしない。厚かましく感じてしまい、遠慮するのが常だ。しかし、ゲイトは逆張りで半ば強引に須賀利のホスト役を買って出た。そして、須賀利の活性という結果を出している。

 

 ゲイトは、いかにしてハードルを乗り越え、地域のホストとなったのか。

 

 ゲイトが三重の漁港と縁を持ったのは約4年前の2016年のこと。当時、問屋から仕入れる食材が高騰し、調達コストに問題意識を感じていた五月女代表は、野菜を自社で栽培する一次産業への参入を試験的に始めていた。自ら栽培すれば、コスト圧縮につながるだけでなく、安全性や品質も担保できる。同じことを漁業でもできないか——。

 

 そう考えた五月女代表だが、既得権益や閉鎖性の強い海の世界で漁業権を取得するのは並大抵のことではない。しかし、それでも道を模索しようと考えた背景には、日本の漁業の衰退を憂う思いもあった。

 

 1984年に1282万トンと世界一だった日本の漁獲量は、2016年には436万トンに激減。同時に質の良い魚も流通に乗らなくなってきた。世界的な乱獲や、環境汚染などが原因とされている。加えて、国内では漁師の高齢化による廃業が拍車をかけた。

 

 もともと安心・安全な食材にこだわった店舗づくりを目指していた五月女代表は、「このままでは国産の良質な海産物が手に入らなくなる」という危機感を強めていた。だからこそ、「自らが漁業という一次産業にかかわることで、生産者として漁業の課題解決に取り組もうと考えた」という。

 

 漁業権を得るには、地域の漁業協同組合(漁協)に加入しなければならない。さまざまなツテを頼る中で三重県庁のある職員と出会い、紹介された漁港が尾鷲市の須賀利だった。五月女代表の目的は、単なる「調達」だけではなく、漁業の課題解決も含まれる。須賀利は、その目的に合致していた。

 

集落の掟を破るほどの危機

 

 尾鷲管内の市場の水揚げ量は1989年に1万2000トンだったが、2017年は3000トンと4分の1に激減。漁業就業者も1990年の1032人から2015年は356人に減少した。その尾鷲管内にある須賀利の漁港は、消滅寸前まで追い込まれていた。

 

 人口わずか200人ほどまでに減少した高齢化率8割超の限界集落。推して知るべしである。漁業だけでなく、地域の存続すら危うい。それまで、須賀利の漁協には、「須賀利に30年住まないと組合に入れない」という掟があったが、こだわっている場合ではなく、新規参入を受け入れざるを得ない実情があった。

 

須賀利の高齢化率は8割を超える

 とはいえ、揉めた。個人ならまだしも、会社の事業として漁業をやりたいという申し出。一部の住民からは「魚を奪われる」「町を占領される」などの非難の声が上がった。漁協の責任者もゲイトからの申し出を冗談だとあしらった。

 

 そこでゲイトは本気度を示すため、廃業していた漁業者から定置網漁船を購入したり、須賀利のある尾鷲市の隣、熊野市二木島町という集落の水産加工場を買い取ったりして、いつでも漁業が始められるよう、先回りして準備。そのことで熱意が伝わり、17年11月、ようやく須賀利漁協で漁業権を得ることができた。県外企業が漁協の組合員になるのは全国初の事例だという。

 

 18年3月に本格的な操業を開始し、現在は須賀利と、そこから20キロメートルほど南下した場所にある熊野市甫母町の2カ所で定置網漁を行う。地元の漁師など10人ほどの雇用も生んだ。また、とった魚のうち、市場では値がつかないものを自社の飲食店で活用することで、食材調達の課題も解決していった。ただし、五月女代表は、それで良し、とは思わなかった。限界集落のリアルに気づいてしまったからだ。

 

地域の困りごとを積極的に手助け

 

 「漁業という僕らの事業だけでなく、他の産業も作っていかないと、この衰退する町を救えないと思った。現実を目の当たりにして、放っておくわけにはいきません」

 

五月女代表は、衰退する限界集落に新たな産業を生み出そうと奮闘する

 五月女代表はこう振り返る。外の「お客さん」ではなく、地域の一員として根を張ろうと覚悟を決めたゲイトは、さまざまなことに取り組む。

 

 例えば、値のつかないような空き家をいくつも買い取り、社員を移住させたり、来訪者の宿泊場所として活用したりした。現地の社員は、住民の手助けを積極的に行うようにした。高齢者ばかりの須賀利にとっても若い力はありがたい存在だ。須賀利に移住したゲイトの安福可奈子氏は、こう話す。

 

 「漁から帰ってきた船の荷下ろしなど、重たい荷物を運ぶのをお願いされることもあれば、ネットの検索や携帯の操作について尋ねられることもあります。神社の定期清掃や祭事の旗立てといった地域のことも一緒に行なっていますね。困った時は連絡を取るなど、お互い支え合って暮らしています」

 

 最初は距離を置いていた住民が一人また一人と、魚の加工や定置網の修理を自発的に手伝ってくれるようになった。魚のさばき方など日常生活での料理を教えてくれた女性もいる。また、地域コミュニティーの場に五月女代表らが呼ばれ、意見を求められるようにもなった。

 

人々の興味をひく体験を提供

 

 かくして、わずか数年で、地域に根付くことができたゲイト。ただし、これらの地域貢献は受け入れてもらうための手段であり、それだけで地域が活性化するわけでない。地域活性のためにゲイトが次にしたのは、半ば強引な「客人の呼び込み」作戦である。

 

 地域の一員として認められたゲイトは、自ら須賀利のホストになりきり、外部の人たちを次々と須賀利に呼び込んだ。冒頭に示した1000人以上の視察のほぼすべてが、ゲイト、あるいは五月女代表の誘いによるもの。企業単位では、100社以上の社員を連れてきた。

 

 ただし、「須賀利においで」と声をかければ来てもらえるわけではない。都心から気軽に行けるような場所ではない。そこで五月女代表は、一計を案じる。

 

 「とにかく体験してもらうことがポイントなのです。これを途切れることなく行えるように仕掛けてきた」と五月女代表。どういうことか。

 

 まず、興味を持ってくれるであろう企業の経営者に五月女代表が直接アプローチをして、話をする。会議室ではなく、自社の居酒屋をプレゼンテーションの場にした。

 

 魚料理を出し、「これって普段なら捨てられる魚なんですよ」と教える。すると、ほとんどの相手は驚く。その上でゲイトがやろうとしていることを熱心に伝えると、相手は「ぜひ一度、現地を見てみたい」となる。ここまでくれば、しめたものだ。

 

穏やかな湾と小高い山々に囲まれたこの漁村を気に入り、リピーターになる人も出てきた

 こうして次々と客人を須賀利へ連れて行き、寝食をともにする。船に乗らせて、漁も体験してもらう。極めつきは自分でとった魚を都心の居酒屋で食べるという体験。釣った魚をパックに詰め、袋に目印の名前を書いてもらう。「明後日には店で出しますよ」と言うと、十中八九食べに来る。しかも知り合いの経営者やビジネスパーソンなどを誘ってくる。

 

 客人は嬉しそうに「これ、俺がとった魚だよ」と話し、自分が須賀利で見てきた景色や体験などを語る“インフルエンサー”となる。すると、連れて来られた人たちも「ぜひ行きたい」となる。その繰り返しで、100社、1000人以上を巻き込んできた。

 

産業創出の芽が出てきた

 

 いくら拠点を構えて漁業を展開しているとはいえ、静かな漁村に、年中、知らない人たちが押し寄せてくる状況を作り出すことは、通常であれば躊躇してしまうだろう。「我が物顔で勝手に人を呼び込むなんてけしからん」などという地元住民の反発を買いたくないからだ。

 

 しかし、ゲイトは気にしない。逆に我が物顔でホストになりきった。そして、多くの客人を呼び込む、という結果を出した。

 

 だが、客人を呼び込むことが目的なのではない。あくまで目的は地域活性にある。つまり、呼び込んだ客人が、須賀利という地で、別の産業を展開してくれなくては意味がない。その点においては、現状はまだできていないことの方が多い。ただ、萌芽はある。

 

 一つは、前出のKDDIグループによる取り組み。須賀利や甫母の定置網漁で「スマートブイ」の実証実験をしている。スマートブイとは、ブイ(浮標)にセンサーや通信機能を搭載して、水温や気象などのデータから漁獲量を予測するもの。開発元のKDDI総合研究所は既に宮城県の石巻湾などで実証実験を行っていたが、データの拡充や分析精度の向上のためにより多くの漁場が必要だった。しかし、賛同を得られる漁協の獲得に苦労していた。そこにゲイトの呼び込みがあり、乗った。

 

 もう一つの例は、ゲイトの呼び込みが須賀利を起点として拡大しつつあることを示唆している。四日市市に本社があるプラトンホテルは21年春、熊野市の二木島に「漁村ホテル」を開業する計画だ。空き家を改装した宿泊施設で、漁業体験などのコンテンツを宿泊客にする。

 

二木島の港。プラトンホテルはここに漁村ホテルを開業する計画だ。限界集落ではあるが、JR紀勢本線の駅があるので須賀利ほど交通の便は悪くない

 須賀利の漁港で漁業権を得たゲイトは、18年3月、熊野漁協でも漁業権を獲得し、2拠点体制とした。その縁もあり、今では、ゲイトの“呼び込み”先は須賀利だけでなく、近隣の三重県沿岸部にも拡大している。結果として、プラトンホテルの事例は二木島という地での産業創出という地域活性につながった。

 

 漁村ホテルが目指すのは、本気の定置網漁の体験。二木島はゲイトの加工場もあることから、地域との関係も良好。漁協や地元漁師の全面協力のもと、町ぐるみで漁村ホテルを盛り上げていこうという機運ができつつあるという。

 

「ゲイトモデル」を全国の漁村に

 

 ゲイトの呼び込み力は、産業創出だけに活かされているわけではない。地域文化を守る、という新たな取り組みも始動している。

 

 18年6月、「須賀利渚泊推進協議会」というプロジェクトが立ち上がった。「渚泊」とは、漁村地域における滞在型旅行のこと。県内外の企業や大学、海外のデザイナーなどと連携し、須賀利の歴史や食文化、町の景観などの地域資源を体験型プログラムとして利活用していく活動だ。この2年間でさまざまなワークショップが行われ、外からやって来た参加者と地元住民との交流も進んだ。冒頭で触れた祭りの再興は、協議会の取り組みの集大成だ。

 

数十年ぶりに復活した演芸イベントの後、須賀利の住民たちに語りかける五月女代表

 五月女代表は言う。「29歳に過労で倒れました。病院で検査したところ、自律神経が壊れており、社会復帰はほぼ不可能と言われました。そこから奇跡的に快復したことで、これからは自分の命は、世の中や人のために使おうと思うようになりました。中でも今は、漁村や、その漁場である海が豊かになることに全力を出したいのです」

 

 この数年、須賀利を中心とする取り組みで培われた「ゲイトモデル」。すなわち、地域に根を張り、多少強引にでもホストとして次々と人を呼び込み活性化していくノウハウを、五月女代表は全国約4100の漁村にも横展開していきたいと考えている。そのためには、ゲイト単独では力不足。他の企業や行政などにも伝承していくつもりだ。

 

 「僕は日本の国力をあげたい」と五月女代表。大言壮語を放つ経営者は多い。だが、少なくとも五月女代表には自ら編み出した地域活性の手法と熱意、そして、活性化させた実例がある。「口」だけではない。未来を諦めかけている数多くの地域が、その可能性に賭ける価値はある。

 

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伏見 学

伏見 学 @manabu

地方の企業、行政、地域活性化などの取材を通じた専門性を生かし、「地方創生の推進」に取り組む。1979年生まれ。神奈川県出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」、フリーランスを経て、現在に至る。 |伏見学(ふしみ・まなぶ)

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