サステナビリティ、欧州企業の本気度と日本との差 SDGs先進に学ぶ
今年10月20日、英4大スーパーマーケットの一角、米ウォルマート傘下の「ASDA(アズダ)」は、リーズ郊外に意欲的な「サステナビリティ・ストア」をオープンした――。このように、私の住む欧州では連日のようにサステナビリティ(持続可能/持続可能性)に関するニュースがあちらこちらから飛び込んで来る。
ASDAの新店舗では、自社ブランドのパスタや米、ケロッグのシリアル、大手ブランドのコーヒー豆・紅茶葉などを量り売りする「リフィルステーション」を設置。顧客が持参した容器に好きなだけ詰めて持ち帰ってもらうという先進的な取り組みを、ほかの大手スーパーに先駆けて開始した。
量り売りは食料品だけではない。シャンプーやコンディショナー、各種洗剤も対象だ。この取り組みには、ロンドンに本拠を構えるユニリーバが全面的に協力している。
さらに同店は、これまで割高となっていた野菜や果物のバラ売り価格を、包装されたまとめ売り価格の単価と同等とする取り組みもスタート。カリフラワー、マッシュルーム、リンゴ、キャベツ、ベビープラムトマトなど53種類の新鮮な農産物が無包装で並んでいる。価格差を設けないことで、無包装のバラ売りを伸ばしていく。
これは同社が掲げる「プラスチックゼロ戦略」の一環。サステナビリティ・ストアでは、花や植物の販売も、無包装または紙装に切り替え、年間で100万点のプラスチックを削減していくとしている。ASDAは同店での試行を経て、2021年から他店舗でもこうした取り組みを導入していく計画だ。
日本に帰国して驚く「プラスチックゴミ」
地球環境保全への意識が高い欧州では、「包装ゼロ」の店舗は珍しくはないが、ASDAのような大手小売りが動き出したことは大きなステップであり、社会の変化を如実に感じる。一方、日本でも最近は新聞やテレビ、あるいはSNSなどの各種メディアを通じて、サステナビリティに関する話題に触れる機会がだいぶ多くなったのではないだろうか。
しかし、実際に持続可能な世界に向けたアクション、取り組みの内容は、日本と欧州では雲泥の差がある。
たとえば久しぶりに日本に帰国すると、とにかくプラスチックゴミの量が多くなってしまうことに驚かされる。日本に住んでいた時に特に違和感を覚えなかったことが、欧州の文化を体験することで、おかしなことなのだと気付かされるようになった。
そうしたことも含め、本シリーズは、サステナビリティに関する取り組みや文化について、日本と欧州の温度差を明らかにし、欧州での取り組みを具体的なイメージとして持ってもらうことを目的としている。そして、少しでも日本に住む皆さんの意識が変わることを期待している。本稿はそのプロローグとして読んでいただきたい。
ちなみに、英語の形容詞では「Sustainable(持続可能な)」、名詞では「Sustainability(持続可能/持続可能性)」という言葉の日本語(カナ)表記についてブレが見られるが、本シリーズでは「国際連合(国連)」の日本語表記に準じ、「サステナブル/サステナビリティ」を用いていく。
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サステナビリティと私
ここで、筆者の紹介を少しさせていただきたい。私は日本の大学を卒業し、日本で就職した後、2006年にフランスへ移り住み、世界最大の香料会社で様々なグローバル企業の香料や化粧品開発に携わった。そうした中で、徐々にサステナビリティへの関心が高まっていった。
香料開発では日に日にナチュラルを目指したプロジェクトが増えていった。ただ、100%ナチュラルで安定した香り、かつ安全なものとするには限界がある。自然香料の性質や安定性は化粧品業界で求められる安全性と相反するものも多く、何をナチュラルの定義とするのかも会社によって異なっていた。
しばらくして、ドイツに引っ越し、結婚することになるのだが、子供が生まれるとまた世界を見る視点はグッと変わるようになる。一つひとつの食品の安全性を意識するようになったのはもちろんのこと、たとえば動物園に訪れても、絵本で目にするほとんどの動物が絶滅品種に指定されていることに気づかされ、ぞっとした。
私たちが当たり前だと思って住んでいる地球は将来どうなってしまうのだろうか。明るい未来を次世代に残してあげることができるのだろうか。どこか、全体的に地球のバランスが崩れ始めているような感覚に襲われた。
幸運にも私が住んでいるドイツのボン市には国連関係者をはじめ、環境団体のメンバーや地球温暖化の専門家が多く在住していた。再生可能エネルギー関連のビジネスなどにも触れる機会に恵まれ、いつの間にか自身自身も、次世代のためにできることを模索するようになった。
そして、大手ではできないような方法で、自然由来の香料や関連商品の開発をしてみたいという衝動に駆られ、起業することにした。
ケンブリッジ大学院でのサステナビリティの学び
2012年、大豆やココナッツオイルなど自然由来成分98%以上のアロマキャンドルをフランスのキャンドル職人と共同で開発。「Anier Parfums(アニエルパルファン)」というブランドを立ち上げた。日本にも出荷している。
パッケージにも配慮し、自然分解しやすく、リサイクル可能な材料を選んだ。売上金の一部は、スイスの環境保全団体「OURPIECE」に寄付し、熱帯雨林を保護するために活用されている。ただし、こだわったが、完全ではない。持続可能な取り組みへの経験や知識も足りない。
そこで、ケンブリッジ大学大学院のビジネス・サステナビリティ・マネジメントコースで学術的な知識を補填することとし、昨年に同コースを修了。欧州を中心とする様々な国家や組織、企業によるサステナビリティに関するアクションを研究した。
修了後は、スイスに本拠を構えるケンブリッジ大学のOBOGによるサステナブル・コミュニティと定期的に情報交換をしているほか、日本企業向けに、ケンブリッジ大学での研究におけるアイデアを事業に組み込むといった、サステナビリティに関するサポートも行っている。このサポートの事例は非常におもしろいので、いつか紹介できればと考えている。
自己紹介はこの辺でとどめ、ここからは私が欧州に住んで感じた、サステナビリティに関する日本との温度差、について、さらに述べていきたい。
「グリーンウォッシング」への厳しい目
まず、「グリーンウォッシュ/グリーンウォッシング」という言葉をご存知だろうか。「ウィキペディア」によると、「環境配慮をしているように装いごまかすこと、上辺だけの欺瞞(ぎまん)的な環境訴求を表す」とある。欧州に住む消費者であれば、ほとんどの人がわかる単語だ。
グリーンウォッシング(greenwashing)は、環境配慮をしているように装いごまかすこと、上辺だけの欺瞞(ぎまん)的な環境訴求を表す。 安価な「漆喰・上辺を取り繕う」という意味の英語「ホワイトウォッシング」とグリーン(環境に配慮した)とを合わせた造語である。特に環境NGOが企業の環境対応を批判する際に使用することが多く、上辺だけで環境に取り組んでいる企業などをグリーンウォッシュ企業などと呼ぶ場合もある。グリーンウォッシュは1980年代半ばから、欧米の環境活動家を中心に使われ始めた。 環境に優しい、地球に優しい、グリーンなどという表記がある商品を、環境意識が高い消費者が選択することを狙い、消費者に誤解を与えるような訴求を行っている商品に対し、グリーンウォッシュ商品と名づけられる。 出典:フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」 —
例えば昨年6月、ノルウェーの消費者庁が、スウェーデンのストックホルムに本社を構えるファストファッション「H&M」に対して違法なマーケティング手法の疑いを指摘し、話題となった。
H&Mは、自然由来の綿やリサイクル可能なポリエステルなどをすべてのラインナップに使用したコレクション「Conscious(コンシャス)」を発売。サステナブル(持続可能な)ファッションとして大々的に広告宣伝を行ったが、これに対してノルウェー消費者庁は、素材の含有量など具体的にどう持続可能なのかを示す情報が不足しており、サステナビリティであるという印象へと誤認させている、つまりグリーンウォッシュングではないかと指摘した。
H&Mは「30年までに、すべての商品において再生資源もしくは自然由来の原材料を100%使用する」というサステナビリティ宣言をしている。18年に国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局が推進する「ファッション業界気候行動憲章」が立ち上がった際には、「Adidas(アディダス)」「Gap(ギャップ)」など世界的なファッションブランド43社とともに、最初の順守企業として署名するなど、サステナビリティへの積極姿勢を見せている。
にもかかわらず、前述のような指摘を受けること自体が、欧州のサステナビリティに対する厳しい目を象徴していると言える。
対して日本では、グリーンウォッシングという単語や概念すら普及しておらず、グローバルの潮流に乗るのも遅い。先のファッション業界気候行動憲章が立ち上がった際、日本企業の名前は1社もなく、ファーストリテイリングやYKKは今年になってようやく署名した。
ちなみに、ファッション業界は、世界で年間10億着以上の商品を生産しており、その大半が自然分解できない(できても数百年かかる)ポリエステル・プラスチック素材だと言われている。ファストファッションの流行で大量生産・大量廃棄の傾向が強まっており、サステナビリティを最も意識しなければならない業界の一つとして、筆者も注視している。ファッション業界のチャレンジについては、また別稿で詳しく紹介していきたい。
「カーボン・オフセット」も要注意
欧州において、グリーンウォッシュングが注目の的となる背景には、「本業を変化させるべき」「本業で地球に貢献するべき」という考えがある。その意味で、「カーボン・オフセット」に対しても、厳しい目が向けられている。
カーボン・オフセットとは、「他の場所で実現した温室効果ガスの排出削減・吸収量等(クレジット)を購入する」、または「他の場所で排出削減・吸収を実現するプロジェクトや活動を実施する」などを行うことで、自らの事業や経済活動による温室効果ガスの排出量の全部、または一部を埋め合わせるという考え方や活動の総称を指す。
簡単に表現すると、普段の事業で大量の温室効果ガスを排出してしまっている企業が、利益の一部をクリーンエネルギー関連や植林事業などに還元することで、どうしても削減できない部分について埋め合わせをする、という取り組みである。
このような活動は一見、サステナビリティに貢献しているように見える。もちろん、こうした活動が、自然を守り、人々の意識を高めることにつながるのは確かであり、ある程度は有益である。ただし、カーボン・オフセットの活動は、環境危機や気候変動危機を解決するための一時的な処置に過ぎず、本来、各企業がコアに持っている「生産活動」、または「製品自体」がサステナビリティにならない限り、真に持続可能な社会にはならない。
大切な観点は、企業や組織が「まずできるだけ排出量が減るよう削減努力を行う」ということ。そのうえで、どうしても排出をゼロにはできない温室効果ガスについて、その排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資して、埋め合わせるという順序が大事だ。
つまり、カーボン・オフセットに大量の資金を投じていても、本業における削減努力を見なければ本質は評価できない。本業を変化させず、努力せず、カーボン・オフセットを免罪符のように、隠れ蓑に使う企業は、グリーンウォッシュングをしていることに他ならない。
そうした企業を簡単に見分けるような基準や定義を作り、金融市場の投資対象から除外することを目的とした新たな政策作りが欧州連合(EU)で進んでいる。いわゆる「EUタクソノミー」である。
「EUタクソノミー」でグリーンウォッシュングを排除
まず、EUが掲げるサステナブル政策の目標値は世界で群を抜いて高い。昨年12月、EUは気候変動対策の基本政策「欧州グリーンディール」を掲げ、2050年までに域内の温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすると宣言した。今年9月には中期目標として、30年の温室効果ガスの削減目標を、1990年比で「少なくとも55%減」と公表している。
昨年3月に公表されたEUタクソノミーは、この野心的な「気候中立大陸」を実現するための、金融市場における具体的なアプローチを体系的に整理したものだ。
EUの政策に関しては改めて整理しながら詳報したいが、欧州グリーンディールは、目標実現のために金融市場の変革を求めており、投融資の対象をサステナブル企業に制限・制御していく法的な枠組みを整備している。EUタクソノミーはその重要なステップ。どの企業・経済活動が「グリーン」「エコ」であるか、業態やアクションを体系的に分類している。
これをベースに、企業活動のサステナビリティを評価。その先に、グリーンやエコに貢献する企業ほど資金調達しやすい、あるいは、そうではない見せかけのグリーンウォッシュ企業ほど締め出されるような金融市場を目指している。
具体的には、EUの大企業に対して2022年までにタクソノミーが定義する環境保全・サステナビリティに関する全項目について報告書の提出を義務付ける計画。投資家はタクソノミーに照らした目標達成度に応じて企業の社債等を購入することになる。
サステナビリティか否かが企業の命運を左右する世界。だからこそ、欧州の企業はサステナビリティに関して本気で取り組んでいる。グリーンウォッシュ企業との差別化を図るため、マーケティング上の言葉ではなく、数字やファクトで取り組みを証明しようとする企業が増えてきている。その姿勢には驚かされる。
LUSH・DHL・ユニリーバ、欧州企業の覚悟
たとえば、日本でもおなじみの「LUSH」という化粧品ブランド。ウェブサイトを覗くと、化学合成成分を最低限に抑えた商品開発をしているファクトが並んでいる。液体でなく固形の石鹸やシャンプーを開発することで、生産過程で工場の水や二酸化炭素の量を何%、何トンも減少させた等、具体的な数字でサステナビリティへの取り組みを明確に示している。
取り組みは、生産過程以外にも及ぶ。工場では100%太陽光エネルギーを使用。エシカルな栽培業者と直接契約することで、原料の質やサプライチェーンに透明性をもたらし、現地コミュニティの活性化と教育向上も狙っている。お客様用のバッグやラッピングは有料。ブランドで出したプラスチックゴミは責任を持って容器回収をし、リサイクルへ回している。店内のインテリアは、すべてリサイクル品。と、枚挙にいとまがない。
次は、ドイツ版日本郵政とも言うべき、ドイツ輸送最大手の「DHL」。同社は、ロジスティクス関連の温室効果ガスの排出量を2050年までにゼロにする、という野心的な目標を掲げている。
その達成に向けた各種施策の数値目標も多岐にわたる。自転車や電気自動車などのクリーンな集配方法を使用し、炭素効率を25年までに、07年比で50%以上向上させる。25年までに従業員の80%を「Go Greenスペシャリスト」として認定し、環境・気候保護活動に参加させていく。パートナーと協同しながら、毎年100万本の植樹をする……。
「世界一グリーンなロジスティック会社になる」と謳い、その目線は自らの会社だけの変革にとどまらない。DHLにかかわるビジネスパートナーにも将来、同じ意識と目標を求められていくとも公言する。つまり、満たさない会社とはかかわりがなくなることを意味している。
そして、サステナビリティへのリーダーシップがある会社として 11年から10年連続1位(GlobeScan / SustainAbility Leaders Survey)に鎮座する英国本社の「ユニリーバ」。女性のサポート、森林保護、健康改善、持続可能な農業への支援など、多くのサステナビリティへの貢献を目指し、行動に移している。
すでに、持続可能な方法で供給されている農作物原材料の量を14%から62%に増やすことに成功。世界中の製造工場では、100% 再生可能エネルギーを使用している。19年にはパッケージなどから出るプラスチック廃棄物の削減に向けた新たな行動指針を発表。25年までにリサイクルされたプラスチック以外、つまり未使用のプラスチック原料を半減させると公約した。
20年6月には、将来の世代のために資源を保護再生し、気候危機と闘う新たなゴール・コミットメント・行動計画を発表。39年までに全製品の製造過程で温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする、23年までに森林破壊を伴わないサプライチェーンを構築する、といった野心的な目標を掲げている。
欧州企業を本気にさせる、もう一つの要因
欧州企業の本気度がおわかりいただけただろうか。サステナビリティへの取り組みと、その情報開示について、単純に比較はできないが、本気度や熱量の差は歴然としているだろう。
欧州企業が本気でサステナビリティに取り組む背景として、先に、EU全体の政策があると書いたが、それだけではない。欧州の「消費者」のサステナビリティに対する関心・熱意も、企業を本気にさせる一因だと筆者は考えている。
次回、プロローグの後編として、私の身近な住民の例なども交え、「欧州と日本、消費者の温度差」についてリポートしたい。
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欧州在住の香料及びサステナビリティ専門家。神奈川県生まれ。2000年慶応義塾大学総合政策学部卒業。アクセンチュア、ロレアルを経て渡仏。フランスの化粧品香料大学院ISIPCA修了、仏調香師協会一員。世界最大の香料会社で様々なグローバル企業の香料や化粧品開発に携わる。2011年に独立、スイス拠点フレグランスコンサルティングのプラットフォームABTYSのパートナー。EUと日本を往復するうちに持続可能な社会への取り組みの差に違和感を感じ、2020年ケンブリッジ大学ビジネス・サステナビリティ・マネジメントコース修了。日本企業のサステナビリティ戦略のコンサルティングも手がける。現EU在住。